平野佳寿引退試合に寄せて(2026年9月26日)

引退してしまった

9月25日、平野の引退試合が行われた。2006年がルーキーイヤーで、2005年の球団合併以降のチームの歴史そのものを体現するような存在だったと思う。セレモニーでは過去のさまざまな映像が流れ、感動すると同時に、オリックス・バファローズというチームの歴史そのものを振り返るような気持ちになった。

新人時代は先発完投型の本格派で、完封4つ、完投も2桁を記録していた。将来のエースになるだろうと、当時は誰もが期待していたはずだ。ただ翌年は成績が伸び悩み、悔しさと物足りなさの残るシーズンだったと思う。

中継ぎ転向というと岡田監督の名前がよく挙がるが、実は最初に中継ぎへの挑戦をしたのは2007年終盤ごろ、コリンズ監督時代だったということを覚えている人はあまり多くないかもしれない。

2008年、大石代行監督のシーズンにチームは2位に躍進し、久々にAクラス入りを果たした。だがこのとき平野は肘の手術で登板がなかった。ルーキーの頃から頑張ってくれていたのに、チームが躍進したこの年に投げられなかったことは、平野自身にとってもさぞ悔しかったはずだし、自分としても残念でならなかった。

2009年、平野は先発として復帰したが、この年は逆流性食道炎の影響で体重が戻らず、ボールの球威も上がらない非常に苦しいシーズンだった。それでもチームが壊滅的な状況の中、黙々と投げ続け、身を削るようにチームに貢献してくれた。そこから、平野は私にとって特に思い入れのある選手であり続けた。

2010年、岡田監督就任とともに中継ぎ一本に転向。ここから長い活躍が始まっていく。統一球時代を除けば、平野が最も支配的だったシーズンはこの中継ぎ転向初年度だったのではないかと思う。回跨ぎ登板も数多くこなし、「困ったらとにかく平野」という起用が定着していたシーズンだった。

2010年は3位争い、Aクラス入りをかけたシーズンで、終盤は特に西武との争いが激しかった。困ったときの試合はことごとく平野が救ってくれた印象が強く残っている。夏場ごろ、たしか西武との試合だったと思うが、通常の跨ぎ登板の範囲を超えて2回3分の1ほどを投げた試合があったはずだ。この試合では無理を承知で平野を投入し、そのまま勝ち切った記憶がある。さらに驚いたのは、その翌日にもまさかの登板があったことだ。さすがにこのときはまったくボールが来ておらず、引退試合で見たボールのようで、まったく抑えられずに交代となった記憶がある。そんな無茶な起用もあったが、それでも故障や離脱につながらなかったことが、今思えば印象的だ。

そしてよく語られるのが2014年シーズンだ。本当に僅差で優勝を逃したシーズンで、これで当時主戦級としてチームにいた選手が今では誰一人残っていないのだと思うと、寂しさを感じる。この年、平野がもう少し良い成績を残していれば優勝していたのではないか、という見方も当然あり、なかなか風当たりの強い立場だったのではないかと記憶している。クローザー交代を推す声もあったが、私は平野以外が抑えを務めることに関して、この頃からずっと違和感がある。(いまだに、マチャドが9回を投げるのに違和感があるくらいだ。)

振り返ってみると、コンディションの良い年は基本的にずっと活躍してくれていたという印象が強い。その後MLBに挑戦し、3年後に復帰してくれたことも、とても嬉しかった。2021年のキャンプイン前、クローザー不在のまま「誰に9回を任せるのか」という不安を抱えていたところに、平野の復帰が発表され、そのままクローザーのピースが埋まった形だった。

2021年以降の平野は、投げる量・数こそ若い頃と比べて減ったものの、質としてはもう全盛期と言ってよかったと思う。特に2022年シーズン前半は本当にえげつないボールが来ていて、ボールの質だけで言えばキャリアで最も高かった時期だったのではないかと思う。

今でこそ平野は「怖い」「話しかけづらい」といったイメージで語られることもあるが、彼が入団した当時のチームには清原、中村紀、吉井といった顔ぶれがいた。今にして思えば、あの頃の方がよほど怖い空気のチームだったはずだ。そんな中でルーキーだった平野が、今や同じように「怖い存在」として語られる立場になったというのは、時代の移り変わりを感じさせる。

セレモニーの中でとりわけ良かったのは、金子が登場したことだ。金子・平野・岸田の継投、あるいは金子・平野の継投は、数えきれないほど見てきた。金子の現役通算130勝のうち、それなりの割合がこの継投で生まれたのではないかと思う。金子と平野は仲が良く、金子のブログでもよく平野のことが取り上げられていたような印象がある。

現役全体を通して最も印象に残っている試合を一つ挙げるなら、ルーキー時代、神戸(当時、スカイマークスタジアムかな?)での対横浜戦だ。平野の完投勝利というよりも、清原がクルーンから放った逆転サヨナラ満塁ホームランとして記憶している人の方が多いかもしれない。あの試合はたしか6失点していて、それでも平野が完投するという、今ではちょっと考えられない展開だった。投げ切った平野に、最高のご褒美が用意されていたわけだ。

その次に覚えている試合は、日本通算250Sがかかった、同じく神戸での2024年序盤の試合だろうか。この試合については、あまり詳細に触れたくないが、試合後は何かが崩れてしまったような感覚になった。

チームの興亡とともにあった平野が選手としていなくなってしまうというのは、今もなお現実として受け入れがたい気持ちがある・・・が、指導者としてこれからもオリックスに携わり続けてほしいと思う。

印象に残っている打席(対戦)は、これかな。金子圭輔の守備がまた素晴らしい。

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